かへらじと かねて思えば梓弓 なき数にいる 名をぞとどむる
後醍醐天皇と後村上天皇に仕えた楠木正成の長男・正行が、1348年、四条畷(しじょうなわて)の戦いに出陣した際に遺した辞世の句だそうです。
「梓弓で放たれた矢のようにもう生きて帰ることはない。そう思えばこそ、ここに死ぬ決意を持った我が名を刻もう」という悲壮な決意が詠まれたものです。
父と同じ道を歩むことになると周囲が諌めるのを振り切って正行は足利尊氏軍に戦いを挑み、完膚なきまでに敗れ去りました。享年22歳だったそうです。
人生において、やらねばならぬ戦いが幾度となくあります。その戦いは負ける戦いかもしれません。しかし強い決意を持って望み、決して無様な戦いだけはしないという矜持だけは、忘れないようにしたいものです。
まあ、普通に商談に行くだけなんですが・・。